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奈良・鎮護の道
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奈良第13番
・2
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参拝メモ

『法隆寺・1』で掲載出来なかったものを追加しました。

法隆寺は、豊臣秀頼により慶長年間に、5代将軍綱吉の生母桂昌院により元禄年間に、金堂や五重塔などの大修理が行われたが、その内容の一部が外からも見える状態で、今に伝わっている。 現在では、国宝の修復は出来る限り創建当時の姿に戻すという原則があると聞いた記憶があるが、金堂や五重塔は昭和に入ってからも大修理が行われており、江戸時代の修復状態をそのまま残しているのは珍しいと言える。
金堂の屋根を支える支柱と板葺きの裳階 柱の部分拡大
金堂の屋根を支える支柱と板葺きの裳階(上の写真)と支柱の部分拡大(右の写真)。1603年(慶長8年)の修理では隅軒下に支柱が加えられ、元禄時代の修復時に龍の彫刻がつけられた。裳階は全体的なデザインから見ても違和感があり、後に時代に追加されと思われたが、昭和の大修理の際、建立当初から存在したことがわかったという。
五重塔の最上層の支柱 最下層部の板葺き裳階
五重塔の最上層の支柱(上の写真)と最下層部の板葺き裳階(右の写真)。金堂と同様、最上層の隅軒下に支柱が取り付けられている。
法隆寺参道 大講堂前の灯篭 大宝蔵院
松並木が続く参道。この参道を含め、法隆寺の境内全体が国の史跡に指定されている。 大講堂(国宝)の前に建つ銅製灯篭。1691年(元禄4年) に桂昌院が寄贈。
参拝したときは大講堂の外観が修復中であった。
大宝蔵院。1989年(平成10年)秋の建立。百済観音像、夢違観音、玉虫厨子(いずれも国宝)を始め、数多くの寺宝を公開している。
法隆寺東大門 法隆寺中門の仁王像 法隆寺中門の仁王像
東大門(国宝)。かっては鏡池の東側に南向きに建っていたが、平安時代ごろ、現在の場所に移された三棟造りという奈良時代を代表する建物。 中門で睨みを効かせる塑造金剛力士立像。奈良時代の制作で現存する仁王像では最古のものであるが、度々の修復のためか国宝ではなく重文となっている。
亥之子弁財天 正岡子規の句碑 法隆寺西門
境内弁天池に建つ亥之子弁財天(赤い建物)。前の建物は拝殿。 境内鏡池の畔に建つ正岡子規の句碑
有名な 『柿食えば 鐘が鳴るなり 法隆寺』の句が
刻まれている。
法隆寺西門と西門に連なる土塀。西門前で道が大きく
カーブしている。